皆既日食インタビュー

〜世界の果てまでも機材を背負って日食と対峙し続ける、孤高の“日食屋”〜
【第4回】市川雄一さん(インターネット中継団体「ライブ!ユニバース」理事)

-- 2006年リビアでの日食中継はいかがでしたか?

リビアは独裁政権による国家体制なので、上層部の都合で予定がコロコロ変わるんです。リビアに入る空港も、飛行機に乗る前に突然変更されたんですね。しかも、到着するまで場所がわからない……。とにかく日食まで時間がないのですから、観測ポイントから遠ければ致命傷ですよね。リビアに着いてすぐにGPS使って調べてみると、目的地からなんと数100km以上も離れていたのです。日食まであと2日。本来ならポイントの近場に到着して、ゆっくり休むはずだったのに。それからは、必死に移動しましたね。

外はえんえん砂漠だし、現地ガイドはヤマ勘でものを言うのでアテにならない。僕たちはGPSで位置を調べながら、ひたすらバスを走らせました。旅行代理店が主催しているツアーに同行したので、一般のお客さんも一緒です。夜はみんなで砂漠の中にテントを張って寝ました。ただ、毛布はエクリプスシティ(リビア政府が用意した日食観測用の村)で配給される予定でしたから全員に行き渡らず、僕らは、リビアの人達とずっと焚き火をしていました。食べ物は、コッペパンのような乾燥したパンとツナ缶にバナナ。食用に乗せてきた羊を途中でつぶして食べたりと、興味深い経験も多かったけれど、かなりギリギリでしたねえ(笑)。

-- リビアのエクリプスシティの様子はいかがでしたか?

エクリプスシティには、さまざまな国から観測者や観光客が集まっていました。リビア政府が絡んでいるので、そのエリアはリビア軍によって完全に包囲されているのが、異様な光景でした。支給品も、現地で用意されたものを各国の観測者間で取り合うのです。ヨーロッパ系のツアーで来た人達は、基本的に自我が強いので、自分の既得権益はかならず確保しようとする。寒い砂漠の中でテントや毛布を手に入れるためには、コミュニティ全体のルールを作る前に、自分のものをまず確保しようとする。日本人はそういう点ではおとなしいので、「まず、どうなっているんだ?」と状況を把握しようとする。そうすると、その間に全部持っていかれる。厳しい日食観測地だと、そんな民族性の違いが赤裸々に見えてきますね……。

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2005年4月9日、イースター島に近い太平洋の船上で、皆既日食と金環日食が同日におこるハイブリッド日食を中継。
2005年4月9日、イースター島に近い太平洋の船上で、皆既日食と金環日食が同日におこるハイブリッド日食(※1)を中継。zoom

(※1)ハイブリッド日食は、月と太陽がほぼ同じ大きさに見えるときにおこる。丸い地球のカーブにあわせて、最初は金環日食だったものが、地球との距離が近づくにつれて、皆既日食となり、再び金環日食に戻るという現象。