皆既日食インタビュー

【第5回目:皆既日食に仕える音姫】
Hideyo Blackmoonさん(DJ/ヴォーカリスト/プロデューサー)

-- Hideyoさんと皆既日食とのファーストコンタクトについて教えて下さい。

最初に皆既日食というものを意識したのは99年ハンガリーでの日食フェスティバルでしたが、この時はタイミングではなかったのか、行くことができませんでした。その後、私の干支と同じ巳年だった2001年、ザンビアで日食フェスがあると聞いた時に「これには絶対に行こう、これが自分にとって人生最初のエクリプスにふさわしい年だ」と感じ、ザンビアに行きました。けれど最初は、日食を見たいという気持ちと、パーティ目当ての気持ちが半々でした。

日食の前日に、奈落の底に落ちて死ぬような夢を見ました。そして当日、ビデオを撮影しながら画面上で、重なりつつある食を見ていて、太陽と月が重なった瞬間、この目で直に日食を拝んだ時に、何かに打たれたかのごとく強い衝撃が自分のおなかを貫きました。初めての皆既日食はそのくらい衝撃的で、日食が起こっている間じゅうパニックでした。「目の前に神様が現れた! すごい、こんなことだったんだ!」と後から冷静に戻って思いました。

夢占いによると、人が死の夢を見る時、これは成長のプロセスを表すことがある。今までの生きる姿勢・在り方を手放して死を受け入れたら、次の再生はいままでを糧に高次の覚醒が待っている……と。

そして、皆既日食フェスティバルでのDJプレイもこのザンビアから始まった。当初のラインナップには彼女の名前がなかったが、出演アーティストのサポートを受けて、トントンとチルアウトエリアでDJプレイをする流れになった。「全てがお膳立てされたかのようなパーティだった」と本人は語る。

エクリプスを意識して付けた訳じゃないけれど、当時のアーティスト名は日出夜でした。その頃は世界中のパーティを旅し始めた頃でした。中でも米国西海岸で行われたバーニングマン・フェスティバル (※1) の時に、「英語のDJネームはないのか?」と聞かれ、ブラックムーンと答えたのがきっかけで、Hideyo  Blackmoonになりました。偶然にも日出夜という名はエクリプスそのものを表していて、私は黒い月に打たれて日食の洗礼を受けたこともあり、どこからか自然にやってきた名前ですが、完璧な名前をいただいたと思いました。

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'06年3月、トルコの日食フェス「SOULCLIPSE」のチルアウトエリア。清らかな川のほとりでたくさんの人々がリラックスしていた。zoom
cap2
「SOULCLIPSE」終了後、会場跡地にて。ヒーラーと共にゴミを拾い、土地を癒した。zoom

(※1)Burning Man Festival(バーニングマン・フェスティバル)アメリカ合衆国ネバダ州ブラックロックデザートを会場に、毎年8月の最終月曜日から翌週の9月最初の月曜日(Labor Dayという祝日)まで7日間に渡って開催される巨大なアート・フェスティバル。