トルコを目前にして、上陸できず……!?

1999年に日食を経験しているトルコは、さらに日食景気ともいうようなフィーバーぶりになっていて、僕が出発を決めた3月の初め頃には、トルコ行きの国際線のチケットなど一枚も無かった。ならば、皆既日食ラインのすぐ近くに位置するギリシャ領ロードス島まで行けばまずは何とかなるだろうと、日食の1週間前、ひどく安価なアジア系航空会社のヨーロッパ便に単身乗り込んだ。

ローマ。トランジットの時間があいたため、まだ風が冷たい真夜中のローマ市街をひとりうろついた。時間がきて、航空会社の搭乗窓口へ向かうと、アテネから豪華フェリーで地中海クルーズを楽しみながら、ロードス島近郊での皆既日食観測を予定しているアメリカ人の団体や、シニアのグループが楽しそうな顔をして並んでいた。列の最後のおばあちゃんと日食談義を交わしつつ、このままこの人たちについていけたらいいのになと弱気になってしまうが、僕は日食が見られる「どこか」に向かわなければならないのだった。

ロードス島着。生まれて初めてのギリシャがロードス島だとは思ってもいなかった。やわらかい春の朝の日差しが紺碧の海の上でキラキラと光っていた。簡単な荷物しか入っていない小さなバックパックを背負い、今晩の宿を探しながら、「もしかすると秘密の皆既日食船上パーティがあるかもしれない」とほのかな期待を胸にそれらしき人々を街中で探してみたが、それらしき影すらなかった。日食フィーバーどころか、そんなことも起こるよね程度の反応ばかりで、少しがっかりした。しばらく街を彷徨いながら、あまりにも“何もない”状況に「しまった、ここじゃない!」とようやく気づき、きびすを返してトルコ行きの船がでる波止場へと急いだ。海の向こうにはくっきりとトルコが見える。たった数十キロしか離れていない、すぐそこに見えているトルコ。だから、すぐにでも向こう岸に渡れるものだとタカを括っていたのだが……。› 続きを読む

地中海といえども3月のトルコはかなり冷え込む。

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