漆黒の闇に響く鐘の音

 人口70人弱というこの小さな島には、食堂もコンビニもない。あるのは商店1軒と自動販売機が1台。アイスクリームを売っていないので、子供たちは船がくると10分足らずの着岸時間に船内の売店にアイスを買いに行くのだという。食事は基本的にすべて民宿のおまかせなので、外食という楽しみはない。我々が宿泊した宿は、島でも料理がうまいと評判のおばあで、3食飽きない構成が嬉しかった。魚が揚がるとすぐに解体して近所の人達で分ける。揚がった日には新鮮な刺身をいただけるが、肉や加工食品は奄美からの取り寄せになるので冷凍ものが多い。だから宿には巨大な冷蔵庫がいくつもある。
 半日もあれば島の主要な所は回ることができるこの島での楽しみは温泉めぐりだ。内風呂と外風呂がある共同浴場、サッカー場位の広さのキャンプ場に併設されている砂蒸し風呂、岩だらけの海岸に温泉マークだけが書いてある海中温泉など、温泉には事欠かない。昼間は熱くて入れないので浴場が混み合うのは夕方からだ。シュロの葉で目隠しをしただけの絶景オーシャンビューの露天風呂で夕陽を望む至福の時間……。そんな贅沢なひとときを堪能していると、「踊りにいかないのかい」と、島の人に声をかけられた。

 夜も踊りがあるらしいので、夕食をいただいた後、今度は車を借りて上集落にふたたび足を運んだ。しかし、電灯もまばらな暗闇の向こうには、何の気配も感じられない。「もう終っちゃったのかなあ……」まあ、明日のボゼもあることだし、今日は早めに休んで寝るか、と引き返そうとしたところ、暗闇の奥の方から、鐘の音がかすかに聞こえてきた。
 しばし注視していると、暗闇の向こうから大きな気配の塊が近づいてくるのがわかる。目をこらすと、ギャラリーをいれて、3-40人はいるだろうか。昼間の男衆たちと、それを囲むかのように女性や子供、観光客達がぞろぞろとついて歩いてきた。
 男衆は、ある民家につくと、軒先でぐるりと輪になった。昼間と同じ具合で、鐘の合図と共にゆっくりと踊り出していく。多分お酒もふるまわれて酔っているだろうのに、踊りの最中はしんと空気が引きしまり、誰もが口をつぐんでいた。
 1曲踊りおえると、それまでの緊張感がほどけ、家人は男衆をお酒や料理でもてなし、子供たちはお菓子やスイカを観光客に振る舞って回った。そして、ひとしきりすると再び、次の家へと一行は移動する。このようにして盆踊りは、何日かかけて島中の全ての家々を回る。

 トカラは、北方(大和)南方の文化や風習がちょうど入り交じった島なのだという。祭りは、日本の盆祭りのスタイルがそのまま残っている。しかし、本土から遠く離れ、台風などの災害に会いやすい島々では、コミュニティのつながりを大切にしている。だから、お盆には先祖代々からのつながりを再確認し、島の結束を高めていくことも欠かせないのだろう。沖縄にも助け合いを象徴する言葉として「ゆい」という言葉があるが、もしかするとこの北限がトカラなのかもしれないな、と、ふと感じた。この晩は、芋焼酎の酔いにつられて、練り上げられた島の強いグルーヴがずっと暗闇に響いていた。› 続きを読む

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