ボゼ、襲来

 島に着て2日目。この日は朝から島全体がソワソワしているようだった。真昼の熱波がひとしきりついた午後3時前、島内放送のスピーカーからアナウンスが流れた。不思議なことだが、個人の自由とか、別行動をしたいとか、その手の類いの思考がこの島に滞在していると次第に薄れてくる。視界にうつる人々を連れ立って、おそらく全ての島民がぞろぞろと公民館へ繰り出していった。

 ボゼは、先祖霊がやってくるお盆の期間を終らせ、日常生活へ引き戻させる役目を担っている島独特の神である。オセアニアのお祭りのようなプリミティブなデザインの面を被り、ビロウの葉で腰蓑を巻き、手にはマラ棒という男根を模した長い杖を持っている。どうみても南方系のいい伝えや風習に深く結びついているように見えるが、詳しい言われは未だわかっていないらしい。ただ、長くボゼ研究を行っている明治大学の報告によると、ボゼは古い節の汚れを清め、新しい節の活力に満ちた生活に人々を導くものであり、また、島の若者はボゼ役を経験することにより、幼い自我から脱却し、完全な自己を確立する人格転換の機会にもなるのだそうだ(明治大学の研究誌『野帖』第5号)。
 興味深いことに、これは皆既日食のイメージと重なっている。たまたま偶然かもしれないが、占星術でも皆既日食は強力な新月を意味し、古いものから新しいものへの転換期を指し示している。ということは、ボゼの頭上で皆既日食がおこる2009年には、一体何がおこってしまうのだろうか。 なにか重要な出来事のターニングポイントとなるのだろうか……。

 公民館の中は一触即発状態、落ち着かない気合いで充満していた。毎年恒例にもかかわらず、親にしがみついては「こわい?」と何度も聞いている子供、興奮気味に語り合う島の人々……どうもボゼはテラ方面からくるらしく、子供たちはテラに繋がる坂道をちらちらと気にしている様子だった。
 30分位経ち、緊張感がピークに達したその瞬間、坂の下からドォッッと圧迫した空気が押し寄せてきた。
 大きな仮面を被ったボゼが、もの凄い早さで突進してきたのだ!
 もちろん中に人が入っているのだろうが、あの衣装を身に着けて、よくもまあ俊敏に走れるのが不思議、というより、やはりボゼが取り憑いているように思わせる、超人的な動きのような気がした。
 坂の下から2体、坂の上から1体、同時に公民館になだれ込んできたのだから、もう容赦ない。子供たちの悲鳴がそこかしこで聞こえ、女性たちはゲラゲラと笑いながらも逃げまどっている。ボゼ達はマラ棒の先についた赤い泥水をターゲットの体にゴシゴシとなすりつけて回る。ボゼにこの泥をつけられると悪霊払いになり、女性は子宝に恵まれるという。子供たちにとってはきっと、秋田のなまはげのような生活教育的な意味合いもあるのかもしれない。
 騒然となった公民館に、太鼓の音が「ドン、ドン」と鳴り響いた。すると、それまで女性や子供を追っていたボゼたちは、公民館の庭で仲良く3体で踊り出した。島の女性たちもいつの間にか輪に加わって、旧知の中のようにひじょうに和やかな空間が出来上がっていた。 ひとしきり踊った後、再度太鼓の音が鳴り、場の空気が一変。ボゼ達は、先ほどと同じように子供たちを十二分に追い回し泣かせたあと、坂道を一目散に走り去っていった。

 残された公民館の中は、安堵と、笑いの渦で充満していた。誰もが、何か不安や心配事がふっきれたような、カタルシスに満ちあふれている表情を浮かべた。まだ泣いている子供たちもいる中、母親たちは笑いながら、お重につめた煮物やビールを皆に振る舞い、おじいたちは満面の笑顔で呑み明かしていた。
 そんな、島の1年で最高の宴が、夜が更けるまでずっと続いていた。› 続きを読む

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